日々のあれこれ

思春期男子に翻弄され、アラフォーの体調変化に怯えながらも冷えとりで子宮力アップを狙う主婦の日々のつぶやき、というか雑記。中学受験終了組の備忘録、これから始まる予備軍の奮闘記も載せていこうと思っています。

今年は夫に優しくすることを誓おうと思う

新年おめでとうございます。昨年末からの娘の体調不良により急遽自宅でお正月を過ごすことになった我が家ですが、当然おせちの準備をしていないばかりか冷蔵庫はすっからかん。大晦日も休日診療の病院に娘を連れていくのに必死で買い物どころではなかったわけです。

どこの家でもそうかもしれないが、我が家の子どもは熱を出したときは「お母さん」だ。お茶を持ってきてもらいたいのもお母さん、お布団を直してもらいたいのもお母さん、夜中に苦しくて目が覚めたときも当然お母さん。お父さんが行くと「お母さんがいいー」と泣かれるのを分かっているため、夫は「お茶飲みたいー」「暑いー」の声が聞こえると私を呼ぶ。でもね、私が食後の片付けと洗濯をしているときに夫がテレビを見て笑いながら「お茶だって~」と言うのを「はいはいお茶ね~」と俊敏に反応できるのは熱を出した初日くらいまでですよ。2日目ともなれば「お母さんはお洗濯してるからお父さんが持ってきたよ」でいいじゃないか。泣かれたって1回くらいいいじゃないか、と思うわけです。それだけでなく娘にお茶を用意していると「俺も」という夫と息子。確かにね、そうよ、1つ入れるのも2つも3つも一緒よ。でもね、お母さんの語尾がキツくなるのはどうしてかを考えてごらんなさいよ。

 

そんなこんなで迎えた元旦。案の定夜中に1度着替えさせ、明け方にお茶を飲ませ、私はその勢いで早く起きたものの冷蔵庫は空っぽ、かろうじて買ってあったお餅とあんこでお汁粉を作るしか無いなーと思いながらソファに座っていたらいつの間にか寝てしまっていたらしく、目が覚めたら夫がお汁粉を作っていてくれた。

そこで感激、ありがとうー❤️と純粋に言えれば可愛い妻なのに、お正月なのにお節も用意していない、部屋も片せてない、朝はお汁粉しかない、しかも夫に用意してもらった、それら全てをマイナスに受け止めてしまったのです。

私は基本大雑把な人間で面倒くさがりです。だから余計な争い事も嫌いなので大抵のことは「ま、いっか」で済ませたい人だ。でも一度マイナスゾーンにはまると超絶面倒くさい人間に変わる。自分でも「あ、私今すごい面倒くさくなってる」と気付くのだが、甘えられる人の前ではそのまま甘え続けて、助けて来て貰えるまで深みにはまって行くというタチの悪さ。

それが新年早々に来てしまったという自己嫌悪が加わり目も当てられない。夫と息子は早々と義実家へ避難し、残されたのは未だ微熱が残る娘。娘は相変わらず「お母さんお母さん」だ。体調の悪い娘の前ではいつものお母さんでいなければいけない。「お母さん」「なぁに?」を2時間繰り返しながら「あいつら逃げたなー買い物も行かないと夕飯もないのにー」と吐き出せない感情を煮えたぎらせていた。

やっと帰宅したと思ったら息子に「(車で 20分程のショッピングセンター)に連れて行って欲しい」と言われた。欲しいゲームがあるらしい。具合の悪い娘が「お母さん」になっているのを分かっていて今から連れていけと言っているのかと呆れそうになったが、「お母さんは(妹)の看病で疲れているから外の空気を吸わせてあげた方が良い、(息子)が誘ったらお母さん喜ぶよ」と夫と相談したと車の中で教えてくれた。

中学生になり親と行動するよりも友だちといることが増えた息子。誘っても乗り気でない返事が増えていたが息子だってお正月の予定が変わりお汁粉だけになったお正月に残念な気持ちを抱いていないわけでは無い。年末から熱を出した娘への不憫さ、思い通りのお正月を過ごさせてあげれなかった私の自己嫌悪、私の中はこの2つでいっぱいだったが、夫と息子だってそれは同じだったはず。ただ、普通にテレビを見て普通に笑っていたから「娘と私ばかり」と思ってしまったのだ。

わざわざ言葉にされないと気付けない自分に更に自己嫌悪だった。が、それではせっかく誘ってくれた息子の気持ちを台無しにしてしまうから一生懸命楽しんだ。楽しみながらも娘が家で「お母さん」って言っているかと思ったけど楽しもうと思ってたらすごく楽しくなった。そういえば久しぶりに息子と二人で出掛けたなぁと思ったら新年早々こんな幸せなことはないなぁと思えた。

買い物をして自宅に戻ったら夫がすき焼きを作ってくれた。私は出来上がるまでお風呂に入っておいでと言ってもらい、温かいお湯に浸かっていたら色んな感情が全部お湯に溶けていくのを感じた。

私は幸せだなぁと感じた元旦の日。当たり前の幸せを見逃してはいけない。お母さんとしてもっとドンと構えていなくてはいけないと感じた。そしていつもは家事なんてほとんどしないけどここぞというときはいつも助けてくれる夫に今年こそは優しくしようと思ったのだった。