日々のあれこれ

思春期男子に翻弄され、アラフォーの体調変化に怯えながらも冷えとりで子宮力アップを狙う主婦の日々のつぶやき、というか雑記。中学受験終了組の備忘録、これから始まる予備軍の奮闘記も載せていこうと思っています。

お題チャレンジ

今週のお題「読書の秋」

私はお風呂が好きだ。
正確には好きになった。
冷えとりのため半身浴を始めたからだ。
しかし、元来熱い湯船にザッと浸かるのが好きな私。
長くはいるのも苦手なのにとにかく退屈。
うちのお風呂にはテレビが付いてないので手っ取り早い暇潰しが本だ。

今映画でやっている「人魚の眠る家」
まだ読んでない、これから映画を観る!という方はネタバレ含みますので見ないでください。





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映画化前に書店で見付け、サブタイトルの「娘を殺したのは私でしょうか?」にサスペンス好きの私はてっきりその手の話だろうとの先入観を持ちながら読み進んでいったので、いつになったら展開が変わるのかと3分の1程じれったい思いで読んでいた。
(勝手に思い違いしておいて失礼なやつです、、)


印象に残ったもののひとつ、それは「水辺には気を付けさせよう」
感想がそれなの?と思われるかもしれないが仕方ない、目の前の我が子が同じ思いをしないようにはどうしたら、と母として一番に思ってしまう。

脳死という非常に難しい問題。
我が子なら尚更。想像もしたくない。
もう生きていないと言われてもからだが成長し、毎日暖かいからだに触れることが出来る。
当然受け入れられないだろう。



医学で叶わないそんな力があるとしたら?


いや、科学の力も使ってるし、結末は奇跡なんかは起きなかったけど、
(別れを告げた場面は別の意味で奇跡なのだと思うが)
でも、母の想いの先には見えない力が存在するのではないかと思えてしまう。
それはこの作品に限らず。

例えば「お母さんが助けてあげる」ってなんの根拠もない言葉だけど、本当にそうなる気がするし、そう出来る気がする。
それは小さい頃に母がしてくれた、
お腹が痛いときに擦ってもらったら良くなった
不安なことがあったときに、大丈夫大丈夫と背中を擦ってくれたら気持ちが軽くなった
それに通じるものじゃないかなと。
ちょっと大げさかもしれないけど、おまじないのように「大丈夫、お母さんがいるよ」って言われると
大丈夫なんだと思えてくる。
もちろんそこに医学なんて存在しないし、証明出来るものもない。
だけど、自分が母になった今それを思い出し、我が子に同じようにしていると
母である自分なら助けることが出来るはず、助けなくてはいけない、何があっても守るんだと根拠のない力が沸いてくる。

とりつかれたように娘のからだや表情を動かそうとする母親に一瞬ゾッとした場面があったのも事実だが、それでも「あなたは間違っている」と思えないのはやはり私も母親だからなのだと思う。

おそらく東野圭吾の意図とはかけ離れているだろうし、随分脱線しているとは思うが
そう思った人もいるのね~と、読んだ側の自由な感想文ということで許していただきたい。